現在、書籍フロアでは写真家の奥山淳志さんによる『庭とエスキース』(みすず書房)の刊行を記念したオリジナルプリント展を開催中です。
関西出身の著者である奥山淳志さんは、1998年より岩手県雫石に移住し、東北の文化や風土、そこに生きる人々にフォーカスを当て、書籍や雑誌を通じて紹介してきた写真家。本書は、彼が東北に移り住んで以来、14年間にわたり日々通い、交流を続けた北海道の新十津川に暮らしたひとりの老人「弁造さん」の記憶を40点の写真と24篇の物語でたどった写文集です。
北海道の開拓時代の最後を経験し、その後の経済的な大きな発展にともなう時代の変化への違和感から、一家族が永続的に暮らしていける自給自足の生活を自ら実験的に作り出していくことを選んだ「弁造さん」。
北の大地の気候、風土との対話を繰りかえしながら自然とともに作り上げてきた庭、生活に必需なものだけを集めた小さな丸太小屋、そこに唯一置かれているイーゼルをはじめとする絵の道具。陽気で(可愛げすら感じさせる)ユーモアにあふれた人柄、ありありと語られる開拓時代の不思議なエピソード、作物を植え育て生きる実践的な日々から生まれた生活の思想、作品として完成することのないエスキース(下絵)の重なりと、繰り返し描かれる母娘のモチーフ…。
長い時間を生きてきたひとりの人間のなかにあるさまざまな時間と表情、その側面を、直接の会話はもとより何気ない行為やその表れ、写真家らしい解像度の臨場感を感じさせる美しい風景描写などを折り重ねながらひとつひとつ追想するように綴る著者の誠実な語り口は、「他者」と出会うこと、誰かを想うことの豊かさとその奥行きを、読む者の心身に浸透させるようにじっくりと伝えます。
書籍フロア壁面では、弁造さんと過ごした日々に撮影された写真から奥山さん自身が選んだ3点の作品(本書未掲載含む)のオリジナルプリントを展示中です。弁造さんの庭の象徴ともいえる青々と茂るメープルの木、繰り返し描かれたエスキース、そして雪原でにこやかに笑う弁造さんの肖像。
また、奥山さん自身が編み、2018年の写真協会賞新人賞を得ることにもなった写真集『弁造 Benzo』(http://benzo-book.atsushi-okuyama.com/benzo/)もあわせて展示しています。こちらは限定数発行の私家版をお借りしているため非売品となりますが、『庭とエスキース』に表現されたもの、弁造さんの庭とその人となりを捉えた写真家の視線をより直接的に感じていただける作品集です。ご来店の際はぜひ手に取ってご覧ください。
今週6月8日には、当店イベントスペース COTTAGE にて、奥山淳志さんをお招きしてのトーク&スライドショーも開催いたします。時系列に語られることなく、小さなエピソードから波紋のように広がる交流、人となり、場所の記憶。被写体と撮影者との距離、人と自然との距離、過去と現在との距離、わたしと他者とのあいだにある距離。そのままならなさや分からなさに向き合いながら、生きることや老いることの実感を14年の歳月のなかで受け取った奥山さんが語る「弁造さん」の物語。
現在は岩手在住の奥山さんですが、大阪生まれで奈良育ち、京都で学生時代を過ごされた関西にも所縁の深い方です。京都で話される貴重な機会ですので、ぜひ奮ってご参加ください。
奥山淳志『庭とエスキース』 (みすず書房)
刊行記念オリジナルプリント展
2019年5月22日-6月11日
恵文社一乗寺店 書籍フロアにて
■『庭とエスキース』奥山淳志(みすず書房)
(テキスト:涌上 / 撮影:韓)