第三十一回 Kathy’s Kitchenさん

当店からひと駅離れた茶山駅そばにある、お菓子教室Kathy’s Kitchen。こちらでアメリカンベイキングを教えている山口さんに、今回はお話を伺いました。当店では、自費出版のレシピブック『FRIENDSHIP COOKING』をお取り扱いさせていただいています。本書は、飲食業のプロアマ問わず、山口さんが友人から教えてもらったレシピを集めたもの。誰かと台所に立つ楽しさ、美味しいをシェアする喜びが伝わる内容です。

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−はじめて山口さんを知ったのは、Kathy’s Kitchenのグラノーラ。穀物や果実、素材の際立つ美味しさに驚いたのを覚えています。教室内でもお菓子を販売されていますが、その他ではどちらで購入できるのでしょう?
ですよね…この場所でレッスンを始めて、11月で3年目になります。当初はお菓子の販売もしたくて、ここを作ったんですよ。でもやっているうちに、レッスンの方が忙しくなってきて!いまはイベント出店のときだけに限っています。卸先は東京に3件あり、毎週送っているので、常に焼いていますね。*1)

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−『FRIENDSHIP COOKING』vol.1では、山口さんのお母様のレシピも紹介されています。料理上手と書かれていますが、お菓子に興味を持ち始めたことに対して、母親からの影響を感じますか?
そうですね、小学生のときから一緒にパンを作ったりしてくれました。あるとき家にオーブンがやってきて!。オーブンを買った時についてくるレシピを見ながら、姉とお菓子を焼いたのが最初ですね。

−そこからアメリカのお菓子に惹かれていくのには、何かきっかけが?
それがもう、これなんです。

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ステラおばさんのアメリカンカントリーのお菓子(Joseph Lee Dunkle /主婦の友社)*2)

私の祖父は本が好きで、本屋に一緒に連れて行ってくれた時に、何か1冊買ってあげるって言ってくれて。そこで選んだのがこの本です。10歳か11歳ぐらいの頃ですかね。パラパラと見た時に、お菓子だけじゃなくて、アメリカの生活も紹介されていて、なんか素敵!って子供ながらに思ったんです。中学生ぐらいになってから、そのレシピを見て作り始めて。何回、焼いたっけっていうぐらい、しょっちゅう作りました。一番はチョコチップクッキーかな。あとコーンフレーククッキーも…。20歳を過ぎてからは、何度もアメリカを訪れています。数年前には、アーミッシュの人々が暮らす、ランカスターの町も行きましたね。

−教室を始めた理由を教えてください。
大きくわけて2つあります。20代のとき、2つの製菓店で働かせて頂いたんです。どちらも人気店だったので、ひたすら毎日作り続けていました。もともとお菓子作りが好きですし、勤めているの苦ではなかったんですけど、ある時、面白くないって気付いちゃったんです。毎日、チーズケーキ作って、アップルパイ作って、それを誰が食べているのかもわかんないんですよね。これって、本当に楽しいのかなって、自問自答し始めてしまったのが大きいです。お菓子に携わっていくやり方が別にあるんじゃないかなって。

−なるほど。店長を任されていたとお聞きして、忙しくされていた様子が想像できます。
いままでアップルパイ何千個、スコーンを何万個、作っていると思います…。
教室を始めたもうひとつの理由は、材料です。それまでは自分が学びたいし、作りたいから、ひたすら数をこなしていたんですが、ちょうど30代になった頃から、体のこと、健康のこと、農薬のことが、気になり出したんです。なんでわざわざ白い砂糖を使わないといけないんだろうとか。アップルパイのために、季節じゃないのに、どこかからりんごを探し出すこととか。
そうはいっても、オーガニックの材料使ったり、無農薬の農家さんから仕入れると、当然、材料代が上がっちゃう。じゃあ他に方法ないかなって考えた時に、作り方を教えて、みんなが自分で材料を選んで作ればいいって思ったんです。良い材料を使いたい人は使えばいいし、そんなの気にしないって人はそれでいいし。私はそのやり方を教えて、おいしいものを間接的に届ける。お菓子を売るんじゃなくて、私の知識を売るというか。100円の材料費で作ったものは、お店で売る場合は利益がでないからその価格で出せない、500円くらいになっちゃう。けれど自分で作る場合は、その500円のお菓子に材料を500円分使えるんですよね。そのほうが、いいなと思って。

−今まで、何度か山口さんのレッスンに参加しましたが、ボウルの中の生地の混ざり具合や、道具の使い方、要所を的確に教えてくれるので、とてもわかりやすかったです。
ありがとうございます。私はお菓子の学校には行っていないし、自分で本を見ながら失敗してやってきたから、生徒さん側の気持ちもわかるというか。高校生の時は家で焼いていたし、専門的な道具もないし、そんななかで工夫してやってた時間が長いからこそ、それを基準に説明できるのかなと思います。

−会うたびに旅行の予定をお聞きするので、海外へのフットワークが軽い印象です。
行くたびに知り合いが増えるんですよ。知り合いが知り合いを紹介してくれて。向こうでもパン教室とかお料理教室に行くから、そこで先生とも仲良くなって。どんどん増えて、会いたいから、また行くっていう、そのサイクルですね。

−以前に当店で『FRIENDSHIP COOKING』の出版イベントを開催されたときも、山口さんと縁のある、珈琲焙煎所やパン屋、いろんなお店が参加して、みんなでイベントを楽しもうとする空気が伝わりました。本にながれている、和気あいあいとした雰囲気と一緒、その輪のなかに山口さんがいるという。
でも結局そこが大切だなって。美味しいお菓子って、誰でも作れるっていうか。どのお店が一番、というのは無くて、ここも美味しい、あそこも美味しいって。結局私にしかできないことって何だろうって考えたときに、人とのつながりなのかなあと思います。

−ご自身のレシピ本を作りたいとは思わなかったのですか?
私のだけ載せても面白くないなと。しかも、出来上がった本よりも、私にとっては過程がすごい大事!この本のために取材に行って、一緒にご飯を作ってもらって、試食してっていう時間がすごい楽しかったから。この取材に行くのがまずひとつの目的だったかな。そんなに親しくなかった人もいるんですよ、ちょっと知り合いぐらい。でも取材をお願いしたことによって、作ってもらって食べるまでの間、いろんな話をしたのが良かった。それをきっかけに親しくなれた人もいるし。 私、本が好きなんですよ。レシピなんて、いまいくらでもウェブサイトで調べられるじゃないですか。でもやっぱり私は本が好き。だから作りたかったというのはあるかもしれません。

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−最後に、今後の教室の展望を教えてください。
お菓子以外にも、その季節のものをうまく使うことをやりたいと思っています。今年の1月に初めて、ジャムの会を開催しました。 梅を使って梅シロップ作ったりとかは誰でも知っていますが、アメリカならではのやり方って結構あって。ジャムって誰でも作れるけど、甘くないジャムも多いんですよ。タマネギのジャムとか、トマトのジャムとか、ベーコンのジャムとか…果物をサルサとかチャツネとかに使うやり方があって。トマトがたくさん取れる時期にじゃあトマト使おうかっていう感じでやっていきたい。(1月には)みんなで調理実習みたいにここで大きな鍋でジャムを仕込んだんですよ。持って帰りたい量を瓶につめて持って帰りました。100gあたり、いくらみたいな感じで。今後は、ああいうのをもっとやりたいですね。

東京と京都でレッスンを開催し、お忙しい日々の合間にお話を聞かせていただきました。 山口さんがアメリカ旅行中に偶然購入した料理本の著者(フードライター・Ivy)に、感想の手紙を送ると、偶然にも本人に会う機会が生まれて、ポートランドで取材できたこと。コーヒースタンドを始めた友人が、そこで焼き菓子を販売してくれることになり、さらにご縁が繋がり、東京のレッスン会場を借りれたこと。そんなとんとん拍子に!と驚くエピソードばかりでしたが、出会いを大切に、何でも臆さずに飛び込んでいく人柄だからこそ。そのことを裏付けるような『FRIENDSHIP COOKING』。個性的なひとたちがそれぞれのレシピを紹介する、山口さんにしか作れない本です。

*1)Kathy’s Kitchenのお菓子は、東京にある以下の3店で購入可能。
Saten Japanese tea(杉並区松庵)
LEAVER COFFEE ROASTERS(墨田区本所)
Deakin st Coffee stand(江戸川区西瑞江)
*2)アメリカン・カントリーのお菓子の故郷、ペンシルバニア州にあるダッチ・カントリー。この地に住むステラおばさんが、アーミッシュの人々の暮らしの様子やレシピを織り交ぜて、お菓子作りの楽しさを伝える本。1993年に刊行され、『アーミッシュカントリーのお菓子』『カントリーのブランチとお菓子』など続編もあるが、現在は絶版。

取材、写真:田川
取材日:2019年8月28日

Kathy’s Kitchen
〒606-8247 京都市左京区田中東春菜町32-2 1階
HP: https://kathyskitchen.jimdo.com/

第三十回 マヤルカ古書店さん

今回のお店探訪は、2017年秋に西陣からここ一乗寺へと移転し、当店のご近所さんとなったマヤルカ古書店さんです。置かれている古書や雑貨のほどよくミックスされた面白さなども魅力ですが、やはり店主のなかむらさんの人柄に惹かれて、多くの本好きたちが訪れるすでに名物店となっています。開業からこれまでの、あれこれをお伺いしました。
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−いつ頃からお店を始められたのですか?
「マヤルカ古書店」としては2013年からです。最初は西陣にオープンして一昨年の2017年に一乗寺に移転してきました。その前は「町家古本はんのき」*で2年半ほど活動して、さらにその前はネット古書店もやってましたし、なんだかんだで古本屋としてはほそぼそと10年くらいでしょうか。

−古書に携わって、という意味では結構経っていますね。古本屋をやる前は、どんなことをされていたのですか?
東京で編集の仕事に就いた後は、京都に移り図書館司書やフリーのライターも経験しました。マザーズハローワークの相談員もやっていました。事情もありどれもそんなに長続きはしなかったのですが、古本屋は今までで一番続いている仕事といってもいいですね。

−性に合っていた?
そうですね、そうだと思います。古本屋でなければ特にお店もしたいとは思っていなかったですし…。

−古本屋一本で行こう、というのもなかなかの英断だと思います。そもそも、古本屋を生業にしていこうと思ったのはなぜなのでしょう?
やっぱり元々本が好きでしたし、素人半分でネットでやり、その後はんのきで週2くらいで店番して…という風に徐々に実際に古書を販売する「古本屋」という商売に惹かれていったんですね。それに、どこかで雇用されたり、誰かからの依頼を待つ、という仕事の形が自分にはあまり向いていないと思いまして。古本を売る商売が一番生計が立てやすいんじゃないかと思ったし、実際そうだった。

−お店を何かやりたかったのではなく、古本屋だから、なんですね。
しかし本好きでも古本というのはまた別だと思うのですが、そもそもの古書との出会いはいつ頃だったんでしょうか。

大学で歴史地理学を学んだんですが、その時の担当教授に、神保町に行けば君に役立つ本が色々あるよ、と教えてもらって。そのとき初めて神保町に行ったんです。そこで古本の魅力に目覚めましたね。

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−教授のすすめで…すごく素敵な入り方ですね。学問のための資料を探しに行ったのに、気づいたら神保町にはまった。神保町なんて滅多にいけない身としては羨ましい!
いやでも茨城から電車を乗り継いで随分かけて。本当に当時は時間がかかったんですけど 笑。そのあとは東京に引っ越して会社員になってから、不忍ブックストリートの一箱古本市にも影響を受けました。自分の本を持ち寄って対面でお客さんに売って。こんなやり方もあるんだ、と。

−確かに一箱古本市で本を販売する楽しさに目覚める、という人は多いようですね。だからと言って、店まで出してしまうのはやはり並並ならぬ行動力だと思います。
自分の中では古本屋ならやれるかも?と思ったので。でもそれもさっき言ったように紆余曲折あったからなんですけど、最終的にここにたどり着いたといった感じですね。

−そしてその判断は間違ってなかったわけですね。
そう思っています。やめたいと思ったことはまだ一度もないですし、ストレスもゼロで…。

−ところで、女性がやっている古書店ということで注目もされると思います。 女性店主も増えていますし、あまり女性という言葉を強調するのは今はそぐわないかもしれないですが、やはり古書店という特殊な現場で営業していく中で、女性店主ならではの経験というのはありますか?
そうですね……たとえば紹介のされ方がいわゆる暮らし系というか、手仕事や料理の本が豊富、というように書かれることが多いですね。見てもらったらわかるように、ウチは普通の本の方が圧倒的に多いのですが。女性店主ならではのイメージなんでしょうね。

−ただ、なかむらさんの柔らかい雰囲気はいい意味で「女性店主の古書店」を体現しているように思えます。取材の方がそう紹介したくなるのもわかるような。女性店主の古書店といえば、たとえば倉敷の蟲文庫(むしぶんこ)さんなども代表格だと思いますが、振り返れば、それ以外になるしかなかった、というような道が一本続いていたという意味ではおんなじですね。
そうですね、ただ、私は「店主が主役」ではなく、「店が主役」でありたいと思っています。あまり店主が出しゃばらない。「場」が大事だな、と。移転してきて実感していることでもあるのですが。

−それは我々の店にも言えることだと思います。
あ、でも、女性店主といえば、京都・神戸・大阪の女性古本屋店主でよく集まったりもするんですよ。古本屋自体あまり競合しないので、同業者の仲がいいんです。

−それは楽しそうですね〜。ところで現在仕入れはどのようにされているのですか?古書組合には加入されていないのですよね?
基本は買取のみで成り立っています。でも一乗寺に移ってきてから買取の量も質も上がりました。左京区の読書人口でしょうかね。移転によって書棚の面積も広くなりましたし、ありがたいことです。

−買取のみでこのクオリティを保てているのは本当にすごいです。
家まるごとの出張買取も多いです。一度では終わらず、何度も通うケースも。仕事の中で、やはり買取が一番楽しい。

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−お店全体のことも聞きたいのですが、こちらは一階がお店、二階がギャラリースペースとなっていて、その二階で展示やイベントも積極的にされていますね*。
これは大体持ち込まれたお話が多いんです。貸しギャラリーではない、ゆるーいつながりで作家さんと空間を作っています。ギャラリースペースのおかげで自分も楽しいし、好きなことを好きなようにできるようにしっかり古本で売上げを立てるイメージなんです。

−建物自体は元々は個人経営の印刷会社だったと聞きました。お店とギャラリーにちょうどよいサイズで、造りの細部もどこかレトロで一階の床に使われた昭和の赤い陶器のタイルなんて本当に可愛いですよね。今ではなかなか見られません。
そうなんです、私も気に入ってあれはあのまま残しました。ただ二階は完全に和室だったので、自分たちで床板を張ったりして本当に大変だったんですけど……。

−そういった手作りでの店づくりは古書店という風景にとても合っていますね。こけし博*なども定着していますし、そういった点もこのお店の独自の魅力を増やしていると思います。
ギャラリーは常に何かしらやっているので、フラっと楽しんでいただけたら。二階なので入りにくいかもしれないけれど、みなさん居心地がいいと言ってくれます。

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−最後に、店をやっててよかったな、ということは?
やはり売った本に反応があると嬉しいですね。本って買ってすぐに効果というか何かをもたらすものではないので、次に来て頂いたときに「あの本すごくよかった」というふうにいっていただけるととても嬉しい。

−では、これから古本屋でも新刊書店でも、本屋をやりたい人に何かありますか?
うーんそうですね…。ひとつ挙げるなら、自分自身に思ってることですが、最初からちょっと背伸びしても大きい商売をした方がいいかなとは思う。小さく始めたのでちょっとそのヘン悔いが残るというか。もっとやれたのにな、という。時代に逆行している意見かもしれませんが…。

−お店の規模というのは難しいですね。ある程度経たないと見えてこない点かもしれないですし。でも、マヤルカさんの商いは端から見ていてしっくりくる、というか気持ちのよいものに思えます。これからもご近所さんとして、本を扱うもの同士として、よろしくお願いします。ありがとうございました。

<座右の書を教えてください>
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『白い糸で縫われた少女』(クレール・ガロワ / 朝吹由紀子 訳)
こういう本を扱いたくて古本屋をしているんだ!と思える、しずかで残酷でかわいい本。

*町家古本はんのき) 京都市上京区で町家を利用して三人の古書店主が共同で運営しているユニークな古書店。 https://hannoki.jp
*2階のギャラリースペース) 大きな窓のあるギャラリースペースでは、写真やイラストレーションの展示、郷土玩具や海外雑貨の販売など、楽しい企画を開催。ギャラリー隣に設けられた新刊コーナーは、2019年秋にリニューアル予定とのこと。
*コトコトこけし博) マヤルカ古書店と夜長堂主催による、こけしの魅力を伝え受け継ぐための、2011年から続くイベント。

基本、ほほえみ顔ですよね。という我々に、「いやいやこれでも険しい顔も多いですよ」とこれまたにっこり答えてくださるなかむらさん。柔らかな雰囲気からは伺いしれない書物への愛と知識がこの店を形作っています。かつての古書店のオヤジさん的なイメージからはかけ離れたたたずまいの店主とお店ですが、そこに行けば必ず欲しい本との出会いがあります。決して気負って選んでいるのではない、けれども、一冊の本がここにあるのは偶然ではなく必然と思えるような。そんな、肩の力のほどよく抜けた、境界のゆるやかな本が待つ豊かな世界。当店から徒歩3分、楽しき書物めぐりのはしごに是非お出かけください。

取材:能邨 写真:田川
取材日:2019年5月13日

マヤルカ古書店
〒606-8187 京都市左京区一乗寺大原田町23-12
HP: http://mayaruka.com/