第三回 飯田純久さん(イイダ傘店)

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個性豊かな作家さん、アーティスト、取引先の皆さんと毎日のように関わりながら成り立っている当店。そんな人々を探れば自ずと店の輪郭までもが浮かび上がるのではないかということで、スタートしました連載「一乗寺人間山脈」。
第三回目は、ギャラリーアンフェールにて毎年企画展を開催して頂いているイイダ傘店のインタビュー。近頃は様々なブランドとのコラボレイトや映画小物の傘の製作など大忙しのイイダ傘店ですが、一体どんな方が作っているのか気になっていた方も多いはず。
今回はそんなイイダ傘店の店主・飯田純久さんにお話を伺いました。

―春と秋の年に二回、企画展を開催していますが、初めは持ち込みでしたよね。そもそも恵文社を知ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

東京で個人オーダー会をしていたのですが、他の場所でもやってみたくて場所を探していました。色んな人に聞いていたところ、別々の2人から薦められたのがきっかけで連絡してみました。飛込みに対して、門前払いでも乗り気でもない、何とも平らな対応が印象に残っています。

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―一乗寺は商店街ということもあって、東京や地方で展示されるのとはまた全然違った雰囲気なのではと思いますが、実際に恵文社で展示をしてみていかがでしたか?

イイダ傘店の場合は顧客と一対一でお話してオーダーをいただくので、繁華街より少し外れにある恵文社はとてもいい感じです。目当てに来てくださった方とは密にお話ができますし、知らなかった方でも「恵文社まで行ったら偶然こんな傘店がやっていた!」と発見したように楽しんでもらえる方が多いのは、隠れ家的雰囲気漂う恵文社ならではですね。

―現在はチームとしてイイダ傘店を動かしているわけですが、意識的なものに何か変化はありましたか?

自分からの創造の発信だけであれば自分一人での作家で十分ですが、人のものを作る創作の場合、自分だけだと限界があります。チームであれば手も足も頭も増えるので、フットワーク、手仕事、意識、アイデア、時間、反省、気合、楽しさ、全てにおいて掛け算で広がります。

―なるほど。より一層、色々なことに挑戦できるわけですね。ちなみに今後の展開は?

地味ですが今やっている傘作りを平凡に続けていきたいです。この御時世、理想を周りに頼っても、どこか運任せで雲をつかむような感覚なのが現実です。そんな中、大切なのは一人一人がしっかりする事。僕に出来る事は傘店を通じて天気を楽しむ生活を作る事くらい。創作活動をしている人は人を楽しませたり、娯楽に貢献するという事が目下の役割ではないでしょうか。お客さんにも楽しんでもらうと同時に、うちの傘店の人達も楽しんで生活できたらいいですね。

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―では最後に、飯田さんにとっての座右の書を一冊ご紹介おねがいします。

お師匠様*1からいただいた傘の本*2です。お師匠様が、またお師匠様からいただいたものです。この本には、昔の創造性に溢れた傘がのっていて、傘といえばビニール傘!という現代では考えられない一冊。今僕がつくる傘も古く見えてしまうくらいに、現代からしても前衛的な時代があったことに驚愕します。この傘達は永遠の先輩であり、とてもかないません。

*1 東京・三鷹にある「ハマヲ洋傘店」 鎌田智子さんのこと。昭和28年から傘を作り続けている傘職人。
*2 「LES ACCESSOIRES DU TEMPS / OMBRELLES PARAPLUIES」 1989年刊

(七里)